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(ゼゼラとカワウの白石会談・番外)

岩魚本第2弾「警告!ますます広がるブラックバス汚染」を読む

ゼゼラ「それでは岩魚本第2弾を読んでいきたいと思います。付箋までつけて読んでいるのですが、こんな読者は駆除派にもいないかも」

カワウ「で、特別ゲストが来ています。春日山女さんです」

春日山女「春日山女です」

ゼゼラ「誰?」

カワウ「さぁ」

ゼゼラ「まず本全体を通しての話ですが、やはり最大の特徴は、『バスこそ問題』『バス釣りこそ問題』という大前提があって、それに反することは無視しているという点でしょう。外来魚問題に限らず、現実はそう単純ではなくて、『xxxである。だけれどxxxでもある』とかいうことになるのが普通だと思うのだけど」

春日山女「そりゃ何十万部と売れれば印税も何千万円になるわけですが、そんなに売れる本はごく一部の例外なわけで、実際には単行本というのは一冊作る労力の割には利益は少ないわけです。広告もないし。だから、読み物としてのストーリー性を作って少しでも多く読者を引きつけなければいけないわけです。『xxxである。だけれどxxxでもある』というのはストーリー性を削ぎます。ストーリー性を損なうことになることは無視せざるを得ないので、問題の全体を適切に把握するということからはどうしても外れていくことになるでしょう」

カワウ「おそらく駆除派の中にも岩魚本には疑問を持っている人はいるでしょう。論点を出し尽くした上で駆除もしくは擁護という結論に至っているのではなくて、結論ありきで論点を並べているだけだから。でも、もともと内水面の事情を知らないで岩魚本を読んだ人は、『これは大問題だぁ』とか思ってしまう。駆除派の一部は『バスだけを問題にしているわけではない』と言うことがあるけど、岩魚本をきっかけに問題に首を突っ込んだ人の多くは岩魚理論に染まってるだけで、他の問題を理解しているかというと疑問だからなぁ」

ゼゼラ「なんだかんだ言って、外来魚問題が注目されたのは岩魚本のおかげだから、駆除派内で岩魚本をどうこうと言うことはやりにくいのかもねぇ」

序章 「バスは駆除」が基本になったけれど…

――ブラックバス問題は、これまであまり大きな騒ぎもなく、わりあいのんびり過ごしてきた日本の淡水魚の世界に、大激震をもたらしたと私は思っている(10ページ)

ゼゼラ「一番始めの書き出しからしてこれだからなぁ。これを読む限りでは、ブラックバスが在来淡水魚にとって、最大・最重要の問題であるという主張らしい。『有史以来と言っていいほどの被害』(18ページ)という表現もあるし。これには駆除派の中にも同意できない人がいるのではないかな」

カワウ「駆除派の言い回しで、『外来魚問題はいくつかある問題のうちの1つ』とか、『外来魚は生息基盤が脆弱になった在来淡水魚に追い討ちをかける』とかいうのがあるけど、岩魚理論は違うんだね」

春日山女「本の書き出しですから、いかにも『大問題!』というふうに印象付けることが必要なのでしょう」

――今日、日本に生息しているブラックバスのほとんどが、いかなる許可や合意も得ずに行われる「密放流」という犯罪的行為(注)によってもたらされた(11ページ)

ゼゼラ「『ほとんど』と言える根拠がないのではないかというのが僕の主張なわけだけど、このくだりで注目されるのはそれよりも『犯罪的行為(注)』というところでしょう。序章の最後に注釈があって、前著『メダカを食う』で『犯罪』と断定した気持ちは変わっていないけれど、無意味な議論を避けるために『犯罪的行為』にしたとかなんとか」

カワウ「何を言いたいのかよくわからない注釈だけど、名誉毀損絡みのような気がする。やっぱり『犯罪』という単語はヤバイのかも」

春日山女「名誉毀損の賠償金が高騰してますからねぇ」

――今なぜ『ブラックバスがメダカを食う』の続編が必要なのか(13ページ)

カワウ「2つ理由があって、1つ目が『ブラックバスの密放流は今日なおとまっていない』(14ページ)からだそうです。なんでも、『たとえ密放流者の絶対数は減っても、その確信犯的密放流者が悪意をもって、活発に密放流を続ければ、バスの生息する湖沼河川はいつまでたっても減らないということになる』(16ページ)のだとか」

ゼゼラ「いちおう罰則付きで規制されているのに、『確信犯的密放流者』(16ページ)とやらが『守りの間隙をついて』(15ページ)『活発に密放流』(16ページ)をする動機って何なんだろう? ちょっと無理のある理屈じゃないの?」

カワウ「活発にすればするほど、何のために『密放流』してるのかという話になるよね。費用と時間をつかって、逮捕される危険を冒してまでする利益がどこにあるのかと。で、2つ目の理由が、『ブラックバスを日本公認の魚にして、有効利用しようという勢力がなくならないため』(17ページ)だそうです」

ゼゼラ「『駆除がたいへんな労力と資金を要する』(18ページ)というのはわかっているみたいなんだけど、それを理由に有効利用を唱えるのはダメらしい。『次世代にバトンタッチ』(20ページ)とか、『持続可能』(20ページ)とか言ってるけど、たいへんな労力と資金をブラックバスに費やしてしまうとすると、次世代に借金をバトンタッチしてしまうことになり、『持続可能』に反するんじゃないだろうか」

カワウ「完全駆除が大前提なんだろうね。すべてはそれをベースにした話であって、話の前提の正否は問わないという」

第1章 密放流NO! 各地で続く終わりなき闘い

――密放流されたバスは今では川をさかのぼり、イワナ、ヤマメなどの産卵場所である源流域まで入り込んでいる状態(26ページ)
――人里離れた秘境の源流域にまでブラックバスが入り込み、在来の生き物を食べながら繁殖している(30ページ)

カワウ「すいません。『密放流されたバスは今では川をさかのぼり』って、日本の川には堰とか砂防ダムがあるわけですが、バスはどうやって乗り越えるんですか?」

春日山女「序章にこう書いてあるでしょう。『これまであまり大きな騒ぎもなく、わりあいのんびり過ごしてきた日本の淡水魚の世界』って。堰とか砂防ダムの問題なんて存在しないことになってるんですよ」

カワウ「はぁ?」

ゼゼラ「そもそも『人里離れた秘境の源流域』とかいうのは具体的にどこなんですか?」

春日山女「単なる岩魚的『想像図』であって、実在するわけじゃないんじゃないかな?」

――法的にいえば、現在、密放流を禁止しているのは各県の内水面漁業調整規則だから、漁業権のない湖沼河川やため池、野池への密放流をはばむ力はない(28ページ)

ゼゼラ「なんだ、この記述は? 漁業調整規則の根拠となる漁業法には、『第3条 公共の用に供しない水面には、別段の規定がある場合を除き、この法律の規定を適用しない』という条文があって、公共水面であることが適用の基準というのが通説だと思うのだけど」

カワウ「この岩魚説に従うと、漁業権のないところなら『密放流』してよいということになるのだけど」

――伊豆沼、内沼の調査を一貫しておこなってきた宮城県内水面水産試験場上席主任研究員の高橋清孝さんは、バスの食性や胃の内容物を調べたり、伊豆沼のほかの環境要因などを検討したうえで、タナゴ類、モツゴ類、ハゼ科のジュズカケハゼやヨシノボリなどに壊滅的影響を与えたのは、オオクチバスだと結論づけている(36ページ)

ゼゼラ「この部分はソースが明記してあるので、そっちを読んでみたら、バスとあわせてハス(スイレン科)の枯渇も原因の可能性があると書いてあった。でも岩魚本にはバスしか書いてない」

――リリース禁止が各地に広がっていく過程で、バス公認を求める人たちがこれに反対する理由として必ずあげたのは、「新潟県はリリースを禁止したが、ブラックバスの数は減らなかった。実効がなかった」という理由だった。けれども、それは、予測できた結果だった(45ページ)
――それじゃリリース禁止は何の効果もないかというと、まさにバス釣り人に対する心理的な圧力がかなり大きい。これはいわば踏み絵なのである。リリース禁止にしたがって釣ったバスを処分すれば、神聖化しているオキテをみずから踏みにじることになる。バスという魚の駆除にも、間接的に協力することにもなる。つまり、「日本のバス釣りは望ましくない遊び」という暗黙の批判を受け入れ、自分もまたバス釣りの規模縮小に力を貸すことになる(45ページ)
――一方、絶対にリリースを貫きたいバス釣り人ならば、当然、そんな場所は避けなければならない。というわけで、狂信的なバス釣り人は減り、その場所のバス釣りフィールドとしての価値は下落し、結果としてやっぱりバス釣りの規模縮小に力を貸すことになる(45-46ページ)
――いくらバスを密放流したところで、バスは駆除されてしまうし、釣ったらキャッチ&リリースも禁止。つまり、その県でのバス釣りは必ず尻すぼみ、ということなら、わざわざ密放流してバス釣りフィールドを作る意味がなくなってしまう。つまり、リリース禁止にはなかなかとまらない密放流をとめる効果が、期待できるのだ(46ページ)
――そう考えると、バスの個体数があまり減らないことは、とりあえず大きな問題ではないことがわかるだろう。バス釣り人が駆除に協力してくれなくても、現場は駆除を続けている。その状態で密放流がとまれば、将来的に完全駆除できる可能性もあるのだ(46ページ)

ゼゼラ「この辺は岩魚理論がよくまとまっている感じだね。(1)リリース禁止には駆除効果はない、(2)リリース禁止はバス釣りの規模を縮小する効果がある、(3)バス釣りの規模を縮小すれば密放流をとめられる、(4)密放流がとまれば完全駆除の可能性がでてくる――と。」

カワウ「要するに岩魚理論は組織的密放流によってバスの生息が維持されているという前提になってる。でも実際には、バスは繁殖しているわけで、だからこそ移入種問題になるわけで、バス釣りを縮小してもバスはあちこちに残るんじゃないかなぁ。それでいいんだろうか」

春日山女「実はバスはどうでもよく、つまりはバス駆除派じゃなくて、本音はバサー駆除派なのかも」

――さらに、今年一月には「工事の汚水で漁業被害が出る」と公共工事の受注業者に金を要求した恐喝未遂で県漁連の会長が逮捕され、騒然となった。県警では、「漁業補償名目で現金を要求することは琵琶湖で慣例化していたため、九九年から対策室を設けて捜査していた」とのことだったが、最悪のタイミングでの逮捕となった(54ページ)

カワウ「あれ? 漁船エンジンの馬力偽装の話は?」

春日山女「あれは漁業調整規則違反ですから。『密放流』は漁業調整規則違反だと批判してた人たち自身が漁業調整規則に違反していたという笑うに笑えない話は触れられないでしょう」

――いくら「バスは駆除」が原則となっても、四つの湖が「公認」されている以上、たとえば子供たちに「ブラックバスは日本にいてはいけない魚なんだよ」と教えるときに、矛盾が生じてしまう(76ページ)

ゼゼラ「それを言うなら、ニジマスもヘラブナもワカサギも駆除しないと、「ブラックバスは日本にいてはいけない魚なんだよ」と教えるときに、矛盾が生じてしまうんじゃないの? やっぱり『生物多様性原理主義』だね」

カワウ「と言うかさ、『生物多様性』を語っているはずなのにバスの話しか出てこないところが最大の謎で、それは生物多様性研究会のホームページも同じで、要するに『バス駆除原理主義』『バス駆除研究会』なのかも」


ゼゼラ「といったところで、とりあえず第1章は終わりですが」

カワウ「結局さぁ、仮に確信犯的密放流者が守りの間隙をついて活発に密放流しているのだとすると、たとえバス釣りを衰退させたとしても、確信犯的密放流者たちは何ら変わっていないわけだから、他のものを密放流するようになるんでないの? 解決にならないんじゃないの?」

ゼゼラ「やっぱり単なるバス嫌い・バサー嫌いではないかという気がしてしまうなぁ」

第2章 ゾーニング案=バス公認案をめぐる攻防

ゼゼラ「さて第2章ですが」

カワウ「最近の出来事の流れをまとめた部分で、いちいち細かくコメントするときりがないので、特に気になったところだけにしましょう」

――バス釣り人が延べ三百万人だとしても、日本の釣り人は全体で延べ千三百万人である(九八年、水産庁・漁業センサス)。圧倒的多数は、「バスなんか、いてもらっちゃ困るよ」という人たちであるはずだ(102ページ)

ゼゼラ「これわざと書いてるのかなぁ。延べ数字ということは、バス釣り人300万人に該当する人の中には、残りの1000万人(1300万人−300万人)にも重複して該当する人、例えばバスとトラウトを両方やるとかがいるということになるわけで、この数字で『圧倒的多数』なんて言えないと思うんだけど」

カワウ「他では『日釣振はルール違反のデータの扱いをしている』してるとかなんとか書いてるけど、これも意図的にやってるんだとしたら十分ルール違反でしょう」

――昨年(〇二年)四月には関係者や有識者を集めて「外来魚問題に関する懇談会」を立ち上げ、約一年間かけて議論を重ねてきた。が、公認と駆除の間の折衷案があるはずもなく、懇談会は紛きゅうし、六月にやっと中間報告を出したものの、水産庁はいまだ結論を出していない(103ページ)

カワウ「意見の違う中で折衷案を考え出すのが民主主義の常道なわけで」

ゼゼラ「水産庁懇談会の事務方の意図は、セレモニーとして議論をして、ガス抜きして、事務局案を通すというところにあるんだと思うけど、それで揉めちゃったからなぁ。それならそれで駆除派が有意義な議論をしたかと言うと、何でもアリのバス批判をしただけみたいだし」

――「バスの駆除作業にバス釣りファンの協力を求めようとしても、釣り上げたバスを殺すことを嫌がる人が多く、そのことがネックになる。また、子供達に生き物の命の大切さを理解させることも大事である。したがって、採捕したバスを殺さずにほかの水域に放流し」たいというのなら、とりあえずこの四つに集めればいいだろう。では、収容水域が四つでは足りないわけはなんだろう(105ページ)

ゼゼラ「協力してもらうためには、ある程度身近な場所にバス釣り場を保証するってことが理由だと思うんだけど。現状の四つは神奈川・山梨に偏ってるから。そういうことは思いつかないんだろうか」

春日山女「アメリカに釣りに行けということでしょう」

――シンポジウム「外来魚のリリース禁止―琵琶湖ルールを考える」(朝日新聞主催)が滋賀県草津市の滋賀県立琵琶湖博物館で開催されたが、ここでもカヌーイストの野田知祐氏が最初から「ゾーニングなんてとんでもない」といった調子で発言し、バス公認はを代表した二名のパネリストは沈黙するどころか、ほとんど主張を百八十度転換するのではないかと思われたほどだったという(148ページ)

カワウ「あれってそんなんだったっけ? そもそも一番飛ばしてたのは升氏だったような」(→参照:FB's作成のレポート

ゼゼラ「だいたいが、一番どうしようもなかったのが、野田氏の『清水國明氏は良識がない。理論的でない。話にならない。大人の考え方ができない。バスだけいればいいと考えている。自分のことばかり考えている。もっと勉強してほしい』という発言でしょう。『理論的でない』という主張自体が理論的じゃなかったから」

カワウ「なんかこの2章は、全般に疑問符がつく記述が目立つなぁ。同じ期間の出来事をテーマにして、逆のイメージを持つような書き方をすることもいくらでもできるような気がするんですけど」

春日山女「そりゃ2章はまさにストーリー性をつくる重要なところなわけで」

(つづく)

第3章 日本の釣りは、どうあるべきだろうか?

ゼゼラ「この章は少しでもバス容認のことを言った人を次々に叩くという内容。日本の釣りはどうあるべきかという章タイトルに沿った内容は、80ページあるうちの最後の5ページだけ」

カワウ「しかも、第1弾に引き続き則弘祐氏などお馴染みの面々を片っ端から叩くというマンネリ気味の内容。おかげで産経新聞の書評で『あまり評判の芳しくない人物も駆除派というだけで持ち上げる』なんて書かれてしまったという」

ゼゼラ「『ブラックバスがメダカを食う』では、その後バス人口の急増に伴って『バスのフィールドを増やすことで経済効果を上げようとする人々』(134ページ)が『じゅうたん爆撃的』(120ページ)に密放流をしたということになっていたけど、第2弾ではそのあたりの具体的な取材がされているのかと思ったら、どうもこの話自体が見当たらないなぁ」

春日山女「開高健・矢口高雄両氏を新たに叩くことで、どうにか新味を出したというところかな」

――ブラックバスはある程度繁殖しても絶対頭打ちになって、自ら統率をするというのは生物の世界では当たり前の話」というが、その生き物が進化をとげてきた本来の場所ならともかく、簡単に捕食できるエサが大量にある新天地に放り込まれた場合、「当たり前」が通らないことはしろうとでも想像がつく(201ページ)

ゼゼラ「これは天野礼子氏に対する反論のくだりなのですが、天野氏が言ってるのは『川がへたっているからブラックバスばっかりに』ということであって、要するに日本の川の水環境がブラックバスに適したものに変わったという前提で言っているわけで、それを無視して一般的な反論をしてしまっている」

カワウ「まぁ、しろうとでも想像できるも何も、進化がどうのという話は中井克樹氏とか細谷和海氏あたりの受け売りじゃないの。話がわかってるのかなぁ、岩魚氏と半沢裕子氏は」

――(2001年立教シンポで)水口氏が千人もの聴き手から支持されたかというと、客観的に言ってもそうは思えなかった(205ページ)

ゼゼラ「あのシンポジウムの聴衆は、両派入り乱れてたわけだから、大多数から支持されるなんてありえないに決まってるべさ」

カワウ「岩魚氏だって、あの時『生物多様性とは日本にライオンがいないこと』と発言して、この発言について『失笑された』って評されたりしてるわけで。例えばこんなふうに...」

実は討論開始直後、水口氏がかくま氏、秋月氏に対し、「生物多様性とは何か」という単純な質問を投げかけたところ、両者とも的を得た回答ができず、会場から失笑が沸いた出来事がありました。 
実際、これには私も驚きました。 
生物多様性研究会を名乗る以上、生物多様性の意味、意義くらい明確に説明して欲しかったです。
http://www.fishml.com/sonotairoiro/bassreport.htm

ゼゼラ「で、水口批判に使っているのが前作と同じ1997年の『日経トレンディ』の記事で、しかも『水口氏から直接反論を受けたことはない』なんて書いてるものだから、水口氏はフライの雑誌63号で『秋月氏達はなぜ本誌で私自身が書いていて責任をもてるものについての批判をしないのか』『「フライの雑誌」の発行部数が多くないので見ていないというのは理由にならない』と、ブチ切れとまではいかないまでもプチ切れ」

――一部のバス公認派の人たちは最近、私や生物多様性研究会の会員をさして「生物多様性原理主義者」と呼ぶ。それに対して私は、「生物多様性や生態系は、原理主義でいいんだ」と反論することにしている(230ページ)

ゼゼラ「ではもう、喜んでそう呼ばさせていただきます」

カワウ「で、日本の釣りはどうあるべきかという最後の5ページ分に書いてあるのは、要するに、(1)禁漁区・高額な遊漁料の設定で釣り人を減らす(2)エサで釣った魚を食べて『命の教育』をする、ということみたい。擁護派叩きが、あるべき日本の釣りとどう繋がってくるのかよくわからん」

終章 それでも基本は「バス完全駆除、バス釣り禁止」

――日本におけるオオクチバスの今日を、あらためて振り返ってみたらしい。温暖で流れのない湖でしか繁殖できないはずの魚なのに、渓流域を泳ぎ、寒冷地で繁殖している。(246ページ)

ゼゼラ「このくだりに限らないけど、さりげなくトンデモなことを書くんだよなぁ。渓流域でオオクチバスって...」

――最近は、外来魚問題に対する啓発をかねて、市民団体や自治体が「駆除釣り大会」を開催する機会も増えた。外来魚の影響を実感してもらい、市民自身に駆除に協力してもらうというその狙いは理解しているつもりだが、それでも私は「たとえ駆除目的でも、バス釣り大会はいけないよ」と言わなくてはならない。駆除なら釣ってもいいということになると、「駆除だから」と釣り続けるバス釣り人が現れる。(243ページ)

ゼゼラ「ここは岩魚本の特徴的なところで、駆除釣りも否定していると」

カワウ「JBあたりが何事もなかったかのように駆除名目でトーナメントを続けるなんてことも想定して書いてる感じもあるね」

――くどいが、私はとるべき対策は「撲滅(=完全駆除)」しかないと考えている。というか、日本はまだ「撲滅(=完全駆除)」をきちんと試みていないのではないか。まだ、試みてもいないのに無理だと決めつけ、次の段階である「封じ込め」に進めようとするのは怠慢であり、ごまかしだと思う。(247ページ)

ゼゼラ「きちんと試みていないも何も...」

カワウ「たとえ完全駆除が成功したとしても莫大な費用が必要になるし、失敗したらその費用が無駄になる。だから完全駆除は無謀だという話になるわけだからねぇ」

ゼゼラ「生多研の面々が私費でやるならいいけど」

――輸入や飼育を規制して「水道の蛇口」を閉め、並行して駆除を続ければ、日本に生息するブラックバスはたぶん遅々とであっても着実に減っていく。(253ページ)

ゼゼラ「やっぱり、輸入や養殖によって継続的に『密放流』されていることで、ブラックバスが生息しているというのが岩魚理論なんだな」

カワウ「いやはや、本当にこう思ってるのかね。本州のニジマスじゃないんだから」

――補償額はダムによって漁場の価値がどのくらい下がるかで算出されるものですし、補償金は資源復元のために使うと決まっている。元金には手をつけられないんですよ。(全内漁連専務・佐藤稔氏のコメント/256ページ)

ゼゼラ「漁業補償金が漁業者個人に配分されているなんて誰でも知ってると思うんですけど。このコメントは何?」

カワウ「これはあまりに酷いねぇ」

――もっと数多くの試みをご紹介したいと思ったが、私自身多くを把握しておらず、時間も枚数も尽きてしまった。(260ページ)

ゼゼラ「枚数が尽きたのは、3章で擁護論を口走った人を片っ端から叩いたからだと思うんですけどねぇ。あれだけで75ページも使ったのだから。なんのこっちゃ」

カワウ「1年前の時点で、既に岩魚本第2弾の話があったのだから、もっとネタ集めはできただろうに」

(まとめ)

カワウ「というわけで、どうにか最後までたどり着きました」

ゼゼラ「真剣に読むと疲れる本だね。それにしても、この本ってブルーギルの話は本当に出てこないんだな」

春日山女「ブルーギルの話が出てくると、バス問題をもっともっと単純に捉えるという岩魚理論と逆行するから。『バスはダメ。バス釣りもダメ。ダメなものはダメ』なのですよ」

カワウ「いつまで経っても完全駆除に拘泥して進歩しない駆除派を象徴してますなぁ」

ゼゼラ「やっぱり原理主義だからなのかな」

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